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2011/3/25/Fri

唯一のスーパーは(2011.03.16)





村で唯一のスーパーの商品棚の様子、正面奥のショウケースは空です。



【寒い一日(2011.03.17)】

今朝はマイナス8℃。

真冬並みの寒さ、日中も気温が上がらず車に付いた氷柱(つらら)が解けませんでした。

こんな寒い中、避難所で過ごしている人々が大勢いる。。。

全ての避難所でガソリン、灯油などが不足している、一番必要なところに届かない。

それどころか、関東近県や新潟などでも給油制限をしているとの事。

何だこれは、自分さえ良ければ人の事は二の次三の次か、何時から日本人はこんな身勝手な人種になったのだ。

暖房も大事だが、最低限の生活を考えると、食料、水はもとよりあかちゃんやお年寄のオムツなどの物をどうして必要なところに届けるかだ。

報道では輸送の問題だと言うが輸送が困難な事は誰でも判ること、それを解決するのが政治じゃないか!!!

現場がどうなっているか理解することからはじめて欲しいものだ。

某大臣は3日分の石油備蓄を放出したと言うが、その先が問題なのだ、報道各社のヘリは取材を制限しても避難所への物資輸送を義務付けるべきだ。

避難所へのインタビューを聞くと必ず“今何が必要ですか?”と聞くが、想像力が不足している!

自分の身を避難民と置き換えれば判ること、あまりにもプアーな質問はもう聞きたくない(怒!)(−−:)!!

減少はしたものの結構大きな余震が繰り返される、避難所で過ごしている人にはこれも辛い仕打ちだ。




【穏やかな?一日(2011.03.18)】

今朝は5時前に大きな余震で目覚めた。

外の気温は2℃、風は冷たいが日差しは暖か。

放射能の粒子が漂っていなければ全く平和な「いいたてふぁーむ」なのだが。

大昔、ソ連の原爆実験で日本海側に放射能の雨が降り、ガイガーカウンターで計測して一喜一憂していたことを思い出す、当時、死の灰と呼ばれていた。。。

第五福竜丸の久保山さんの死を思い出す、世界で唯一の被爆国日本がこれらを乗り越えて原子力発電に依存している、更に推進する方向で国も動いている。

今、原発に依存せずに日本の電力は賄えない。

賄えると言う人に聞く、“貴方はエアコン無しで生きて行けますか?”

“テレビも11時で放映を終わって良いですか?”

“コンビにも本当に7時から11時までで良いですか?”

エアコンがなければ熱中症で死ぬ人が大量に出ます。

それで原発はいらないですか?。

私は迷っています、私らの時代は良い、子や孫の時代はどうなっても良いですか?

あまり考えても良い案は浮かばない、取りあえずここは屋内避難区域には入っていないおとなしく昼寝でもするか。

11時56分大きな余震。。。



【新潟へ(2011.03.23)】

飯舘村が危険と言うわけではないが一度戻ろうと旅に出た。

車に布団一式積んで、布団を積んだけど避難したわけではな。

途中でガソリンがなくなって野宿する事になった時の事を考えたわけである。

案の定、国道4号線のガソリンスタンドは9割方閉店、開店しているスタンドには長蛇の列、国道49号に入っても状況は変らず。

エンプティーランプも点滅をはじめた、ここでダメか野宿かと思ったとき前方に長蛇の列。

ダメ元で並んだ100台ほど並んでおり、“ハイここで終わり”と何時言われるかと思いきや順番が来た、何処も2,000円とか10リッターとか言うのに、何と満タン給油だ。

場所は猪苗代湖の野口記念館の少し前でした(この話は脚色なしです、運の良い人はこんなものです)(^〜^)




【米を作るぞ(2011.03.24)】

テレビの報道では飯舘村が全国区のニュース、放射能の値が高い為だ。

この報道では飯舘村いや福島県及び近県の農業は壊滅的な打撃を受けるとの事、報道自身が風評を撒いているようなものだが、あえてそれには反論しない。

百姓が百姓らしく生きるのはやはり米や野菜を作ってこそ、ならば飯舘で米や野菜を作ろうではないか。

何をバカ言っているんだと言うなかれ、田んぼは米を作る(但し多収穫米を)、畑には大豆やトウモロコシを作る。

作ってどうする?

バイオエタノールを作る、実際、新潟で昨秋実証プラントが完成しバイオエタノールを混合したガソリンが販売された。

田んぼに水を入れて米を作ってこそ環境保全の機能が果たせる、田んぼには米を作ると言う役目と同時に環境保全と言う大事な役目がある。

多収穫米であろうと食用にはならない大豆やトウモロコシであろうと自然環境保護と言う役目は果たせる。

飯舘村に向いた多収穫米の籾を探そう(新潟では北陸193号だが寒冷地には適さないようだ)。


2011/3/25/Fri

今日は雪(2011.03.16)





今朝は雪、5センチ〜10センチほどの積雪が汚れを隠しましたが、放射能の含有は?

何とも物騒な雪です(==;)

昼間は猛吹雪で救援物資を届けるのに一苦労、もう動けません!!!

ガソリンがなくなります。


2011/3/25/Fri

地震対策の効果(2011.03.15)








写真上はカラーボックスを二段重ねた“蜂蜜”の置き場、下の写真は上部に取り付けた転倒防止金具。

他の戸棚などは全部扉が開き中の食器類が飛び出したが、この金具一つで助かりました。

巷間言われている転倒防止金具の効果が実証されたのです。

手間隙惜しまず直ぐに取り付けましょう。(^=^)


2011/3/25/Fri

さすが職人(2011.03.14)








素人が応急処置はしたものの、ブルーシートの面積が大きすぎて風に弱い、土のうも少ない。

やはり専門家に依頼して瓦のずれを修復し、ブルーシートの面積を最小限に収め、土のうも40個のせて・・・これで一安心。


2011/3/25/Fri

これは大変(2011.03.14)

大きな余震があるものの何とか落ち着いたと思った矢先、原発のトラブル拡大。

とうとう飯舘村も一部が屋内退避の範囲に入ったようだ(ふぁーむは範囲外だが)、原発は危険と言っていた人は“それ見たことか”と言うことなのだろうが、それはさておき一刻も早く収束に向かってほしいものだ。



【こんな馬鹿な事が実際にある(2011.03.14)】

震災前も当ふぁーむはインターネット、携帯電話など文明の利器?とは縁のない世界、唯一固定電話だけが外界との通信手段。

ところが震災発生以来それさえも途絶えてしまった。

最後は手紙しかないと郵便局に行くも受け取り拒否。

何と集配車の燃料がないとの事、民営化したから“緊急車両扱いにならず”、なのだそうだ。

郵便事業会社は公の機能を担っているはず、民営化の是非はともかくも、最低限の通信手段さえも奪われた年寄りはどうする。

世の中インターネット、インターネットと言うが、使えない年寄は昔々の通信手段しか使えないのだ!!

もっと弱者に寄り添った政治がほしい。

ガソリンだって備蓄分の取り崩しを発表したのに、東京、埼玉のみならず北関東でもスタンドに行列して5リットル、10リットルしか給油してもらえない。

誰だ!!売り惜しみしているのは、ジワジワと値上がりを待つような悪徳業者はいないよね、こんな非常事態を儲けにつなげる様な。

このブログも何時アップ出来るか、郵便局が受け取ってくれなければアップする手段はないのだ。


2011/3/16/Wed

こんな中でも春が来ている?(2011.03.13)





ふぁーむの庭に咲いたふきのとう。






水仙のつぼみ。





福寿草、右の白い塊は雪。


【原発のトラブル(2011.03.13)】

原発のトラブルが報道されている。

隣の南相馬市には避難命令が出たとの事、これ以上の拡大がありませんように。。。


【ご冥福をお祈りします(2011.03.13)】

死者、行方不明者が多数との報道に接し、行方不明の方の一日も早い発見をお祈りすると同時にお亡くなりになられた方のご冥福をお祈りします。

これを書いている今も結構大きな余震が何度となく襲っています。


【余震続く(2011.03.14)】

電気は昨晩(13日16時)復旧、風呂も使えたが通信は14日正午現在不通。

ふぁーむから車で15分程度行くと携帯電話のアンテナが立つが、20回に1回程度しか接続されない。

車のガソリンも底をつき始めたが、補給の目処は立っていない。

これを書いている間も何回か余震で家屋がきしむ。

震度3、4程度は度々、深夜はゴーーと言う地響きの後ドンと余震が来る。


2011/3/16/Wed

余震でまたも崩壊(2011.03.12)





11日夜の余震で崖が再び崩れ立ち木も折り重なっている。

上部には今にも崩れ落ちそうな立ち木があるので素人には無理と判断。





玄関の引き戸もレールから外れ動かない!!

ジャッキアップするも言うことを聞いてくれない。

力任せで何とか復旧。



2011/3/16/Wed

地震発生(2011.03.11)

14時46分激しい地鳴りの後激震が襲った。

識者によると400年間起こらなかった激しい地震との事。

ここ飯舘村でも震度6強、はじめての経験。

飯舘村は御影石の岩盤で地震には強いとされていたが、震度6強のゆれは激しいものだった、それに揺れている時間が異常に長かった。











地震の写真で良く見かける状況、200kgの蒔きストーブも20センチほど移動し煙突が外れる。





屋根瓦が落下、母屋の裏側。





屋根瓦の状況。





取りあえず素人で出来る範囲の手当てはした。

この後、風に対応する為土嚢を作り重石に置いた。

こんな経験はもちろんはじめて、高所作業は苦手だがやれば出来るもの。






社員宿舎への取り付け道路はがけ崩れのため通行不能、急遽パワーショベルで除去、通行可能になったが。。。



2011/3/10/Thu

孫からの便りNo2(2011.03.08)





孫のうち男の子の兄弟からの便り、小4と中2の二人。

小4はサッカー少年、私に似ず足が速いので上の学年に混じって活躍しているそうです。

中2は新設の中高一貫校の一期生なので結構のんびりしているようです。

高校受験が無いのが良いのか悪いのか、要は本人の問題ですか。

二人が大人になったときの日本を想像すると暗澹たる気持ちもしないではないが、努力したものが報われる日本になってほしいものです。


2011/3/10/Thu

食べる話しです(2011.03.08)





写真は、ビニールハウスで栽培中の小松菜。

無農薬ですしこの時期害虫も出ないので(寒くて)生で食べてみました。

シャキシャキして歯ざわりは抜群、炒め物に、おひたしに、味噌汁に……、利用範囲は広い。

すみません美味しい話で(^−^;)

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